こんにちは。
(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナル・コーチの長井です。
先週立春を迎え、今号は「三寒四温」という言葉から書き出そうかと思っていたのですが、これを書いている2/8は大雪。天気も、そして人の心も、あたりまえですが思うようにはいきません😁
さて、あなたは不遇感を感じたことがありますか?
こんなに頑張っているのに報われないなあ、とか。
あるいは、自分もあの人に負けないくらい頑張っているのに、向こうばかりが評価されて、とか。
私は、サラリーマンの終盤に不遇感を感じたことがあります。それも2回も💦😅
1回目は結構ショッキングでこたえてしまい、「なんやこれは」という鬱屈した思いをしばらく引きずりました。そうは言っても眼の前にはいろんなことが起きるのでボヤボヤしてはいられません。また、たとえ私が「不遇」と感じていたとしても現実は変わりません。そうこうしているうちに時間薬のおかげか気も紛れ、いつの間にか、私はまた私らしさを取り戻すことができました。2回目は全然違う局面で、「困ったなあ」とずいぶんもがいたりしたのですが、結果的にはそれが一つのトリガーとなってコーチングへと進む道の扉が開き、今ではむしろ天啓だったのだと思っています。
そして、この2つとも、今思い返すと自分一人で勝手に「不遇感」という幽霊を創り出し、それと取っ組み合いをしていたのだと思います。言ってみれば、左遷や降格、減給をされたわけでもなく、自分の望み通りではなかったとは言えそれなりのポストを与えて頂き、全然不遇じゃないじゃないか、ということなのです。そして、いずれも、今直面している現実に対する自分の解釈の仕方を変えることがそこから脱却するキーポイントだったのだと思います。もっとも当時は必ずしもそう意識していたわけではないのですが😁
こんなに頑張ったのに、というのは自分の評価です。誰かから客観的な評価としてそう言われたわけではありません。さらには、ここまでやったから自分はこういう扱いを受けて然るべきだ、という発想になると、それこそ自分の中の勝手な思い込みであり、なんの論拠もありません。
あの人に比べてどうして自分だけ、というのも、そもそもどうしてその人と自分を比べる必要があるのか、ということであり、その比べている基準は誰のどういう基準なのかという問題もあります。たとえば入社同期等の人と自分をつい比べたくなる気持ちはわかりますが、それぞれ持ち場立場が違うわけであり、一緒に入社したメンバーでも今は違う土俵にいるようなものです。
また、本当に、頑張ったのに自分の評価が低い、ということなら、それは頑張るべきポイントが違っていたり、上司や回りの期待・ミッション・タスクをふまえた頑張りになっていないということかもしれません。これも上記同様「独りよがり」の一形態と言えるでしょう。
そして不遇感を抱えている人の圧倒的大多数は、その不遇の原因について上司に尋ねることをしません。それは、ひょっとしたら、実は自分の奥底では、その不遇感が自分個人の主観的なものであり客観性からはほど遠いことになんとなく気がついているということなのかもしれません。
不遇感とは自分が勝手に創り出した幽霊だとするなら、それをどう退治するかも自分の心の中の問題です。不遇感を抱えたまま毎日を過ごしていると、自分自身が機嫌よく過ごせないだけでなく、結果として自分のパフォーマンスも自分の持っているものを十二分に活かしたものにならない可能性が高く、成果も評価も好転しない懸念が強いのではないでしょうか。
もしあなたが不遇感を感じているのなら、そんな幽霊を追い払って、あなた本来の輝きを取り戻されることを私は祈ってやみません。それには、「事実」は変わらなくても「解釈」は自分で変えれる、ということが最も有効だと私は身をもって知りました。私との会話がその一助になれば心の底から幸甚に思います。
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ここいち便りは教科書ではありません。みなさんが何かを考えたり取り組んだり話し合ったりするきっかけやヒントになればと思っております。リクエスト・異論・ご意見などなど大歓迎ですので、お気軽にお寄せいただければ誠に幸甚です。