こんにちは。
(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナル・コーチの長井です。
夏空らしい白い入道雲がよく見られるようになってきました。今年は少し遅いかな?と思っていたセミもようやく本格的に鳴きはじめました。まさに夏本番。お元気にお過ごしですか?
さて、今日のタイトル「任せるとは」。なかなか深淵で絶対正解のないテーマです。
率先垂範・「オレについてこい!」といわんばかりの典型的な昭和型リーダーは、最近すっかり過去の遺物になりました。反対に、令和のマネージャー層は「部下に仕事を任せるようにしています」という方が増えているようです。
ところが、この「任せる」、口でいうほど簡単ではありません。そもそも「任せ方」なんて教わったこともありませんしね。で、自分なりにやってみては、どうもうまくいかないと頭を抱えている方が少なくありません。
先日ネットの記事で「任せるとは任せたい用事を伝えることではない」という言葉に出会いました。これ、なかなか言いえて妙だなあと心に残りました。
また、漢字ペディアによれば、「任」という漢字はニンベンと音符「壬」から成る、とあります。じゃあ「壬」はというと「十干第9のみずのえ」とありました。こうなると浅学非才の私にはよくわからないのですが、「壬」という字の中には「士」があります。ニンベンと士となると、ずいぶん「人」に根ざした言葉なのかなという印象を強く抱きました。
「人」に焦点を当てるのか「用事」に焦点を当てるのか。この違いは大きいです。やってほしい用事を伝えただけの時は、相手は「自分」という「人」をちゃんと見てもらっているとは感じないかもしれません。さらには用事を伝えたことで事足れりとしていると、相手がどんな様子なのかも目に入らず、結果、相手が何を感じているのか、どうやってそれを進めようとしているのかに無関心な「丸投げ」「放任」になりそうです。
相手の方も、ちゃんと自分のことを見てくれていないと感じたとすれば、心からそれに向かうということにはならない可能性が少なくありません。結果、任せた方の思いとは全然違う出来栄えのものが返ってきて、「なんだこれば?!」ということになりかねません。そもそもそんなことを思っているということは、もともと自分の思惑が濃厚にあったということであり、相手の意思や裁量を大事にする「任せる」ではないということも言えそうです。
なぜその仕事を人に任せたいのか、という視点で考えてみると、一つには、自分が手一杯で誰かに任せないと仕事が回らない、ということがありそうです。また、自分より相手のほうが専門性などの点で上回っていて、任せたほうが上手くいきそうだ、ということもあるでしょう。あるいは、冒頭の令和マネージャーは、任せることが相手の成長ややりがいにつながりそうだと考えているようです。
いずれにしても、任せるなら相手に気持ちよくやってもらうことが大事であり、その視点が欠けているとすれば、それは単なる「押し付け」でしかありません。任せたい相手に焦点を当て、任された相手の気持ちに思いを馳せることが上手くいく最初のコツではないでしょうか。
また、任せた以上、相手がどんなふうにそれを実行し判断していくのかは相手の課題ですが、だからといって任せた側が完全に目を離していいということではありません。手は離すが目は離さないというのも大事なことでしょう。政治の世界で問題が起きるたびに「任命責任」という言葉が持ち出されるのはご存知の通りです。
さて、あなたは誰にどんなふうに任せていきますか?
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